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劇団献身主宰の奥村徹也のブログ。愛想を振りまくtwitterと違い、1日平均アクセス数3の当ブログでは好きなこと、書きづらいことをたくさん書きます。右の猫がかわいい。
5G演劇について考える。
2019年08月22日 (木) | 編集 |
昼夜逆転の生活をしていたが、今日は久しぶりに昼間、外出した。

目黒シネマで「グレイテスト・ショーマン」と「ボヘミアン・ラプソディー」の2本立てを観たのである。
普段なら寝ている時間のため、眠ってしまわないか心配だったが、どちらも大変に賑やかな映画だったので、問題なかった。

その後、気になっていたもつ焼き屋で一杯だけ飲んだ。串焼きがとても美味しかったが、もつ焼きを頼むのを忘れた。

映画館に行く前には洗濯もした。
脚本を書いていないと言うこと以外は、なかなか良い休日だ。


タイトルの通り、5G演劇について考える。
5Gがやってくる。10年単位で変わってきたこの世界が、2020年代にまた変わりそうだ。

1G 80年代 携帯電話
2G 90年代 メール
3G 00年代 i-mode
4G 10年代 スマホ
5G 20年代 大容量通信時代

ということらしい。
たしかに世界は、この”Generation”が更新されるたびに、その形を変えてきたように思う。
しかしまぁ、ここで偉そうに語るつもりはない。浅い知識がバレるだけだ。

ふと、「演劇はどうなるんだろうなぁ」と思った。
変わる気がする。でも、変わらない気もする。
Gが更新されて、稽古の進め方や宣伝の仕方には、何度も大きな更新があったように思う。
けども舞台上で何かが行われて、観客はそれを観るために劇場に足を運ぶ、という大前提は変わっていない。

ちょろちょろと配信とかされているけど、あんなの流行るわけがない。
便利かもしれないが、圧倒的に面白くないからだ。

それでも5Gになったらわからない。
本も映画も音楽も、絶対に変わらないと思っていたけれど、その形をそれぞれ大きく変えざるを得なかったのだから。

本も映画も音楽も、店に行かず、自宅でもどこでも楽しめるようになった。店に行く必要がなくなった。そこに大きなポイントがある。

劇場に行く必要がなくなる、という革命は、起きるだろうか。

超精密、超低遅延な、生配信のVRくらいしか思いつかない。
劇場に行かずとも劇場と同じくらいの興奮が味わえるようになれば、、
これくらいならきっと実現されるだろう。そんな先の話ではないと思う。
地方の人たちは、東京に行く労力を考えれば、それで満足できそうな気もする。

デジタルを極めた今の世の中において、劇場やライブ会場に実際に行く、という行為に対しての価値自体は上がっている。
プロ野球だって、動員は増えているし。。
だから、よっぽどの革命が起きない限り、演劇はやっぱり変わらないんだろうけど。

どうなるんだろうなぁ。
劇場にはお客さんが全然いないのに、劇団自体は健全に運営できるということもあるかもしれない。
劇場を使わず、稽古場で上演するけど、VRを通した先では、しっかりとした美術が立って見えるかもしれない。

自分が考えるべきことではないけど、少し気になったから書いてみた。
なんだかんだ、いくらGを重ねても、演劇は変わらない気もする。
そして、Gを重ねれば重ねるほど、異様な存在になって行く気もする。国や企業がその時、演劇を大切にしてくれたらいいな。

今日はよく眠れそう。
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撤去にて、思うことなど。
2019年08月21日 (水) | 編集 |
6時に寝て12時に起きた。
その後、劇団作業を1時間して、下北沢へ。
アガリスクを観てきた。

ミッドウェー海戦における大本営発表を題材にしたシチュエーションコメディだった。
面白かったし、ちょっと歴史の勉強をしているつもりにもなれるというお得さもあった。

自分もワンシチュエーションコメディをよく書くけど、人様のためになるような教養もないし、取材して書くということもしないので、献身の芝居は観てもタメにならないと思う。

最近献身の演出助手をやってくれている松尾くんも観にきてて、一緒にゲリラ豪雨に襲われた。

メシ食って、自転車を取りに行ったら、撤去されていた。
爆発しそうだった。
もう5年近く、下北沢に来るたびに停めていた場所だ。ずっと大丈夫だったのに。
ここも撤去対象になってしまったのか。

サウナに行こうと思っていたのに、自転車が保管してある梅ヶ丘に向かうことに。
サウナに行こうと思っていた3000円で、引き取った。

たかが3000円、それでも爪に火をともす思いで脚本を書き、稼いだ3000円だ。なぜ、見ず知らずの保管所のおじさんに払わなければならない。
間違っているのは自分だとわかりつつ、憮然とした表情を隠すことができなかった。

自転車での帰り道、東京ポッド許可局を聴きながら、少し考えた。
自分は、絶対に”撤去自転車保管所のおじさん”にはなりたくない。
引き取りに来る人の、そのほとんどが憮然とした表情だろう。最低の態度で引き取りに来るだろう。苛立ちをぶつけられるかもしれない。保管所のおじさんだって、別に撤去がしたくてしたくてたまらないわけではないだろうに、理不尽な怒りをぶつけられ続けるのだ。きっと、週5で。

と考えると、大変な仕事をしてるんだな。
だとすれば憮然とした表情をしてしまったのは申し訳なかったし、大多数と変わらない、つまらぬ一手だった。
めちゃくちゃ高いテンションで「ちぃーす!! 自転車、撤去されちった☆ 引き取らせてほしいぽよ〜♪」くらい言ってもよかったな。
そうすればきっと、心がクサクサしちまってる保管所のおじさんにとっても一服の清涼剤になっただろう。「若者、おもしれぇじゃねぇか! ほぅら、持ってけ!!」なんつったりして気を良くして、自転車をタダで返してくれたかもしれない。そうでなくても、ますます撤去に励むかもしれない。それはダメか。とにかく、少し日本が良くなるチャンスを逃してしまった。

反省しつつ、帰宅。
睡魔に襲われて、少し寝た。
そして起きて、ジョナサンへ。脚本を少し書いた。そして今、休憩がてらブログを書いている。

あまり知られていないが、ジョナサンにはWi-Fiが飛んでいる。
まぁ、浸透しないのも無理はない。
このWi-Fiが、ゲロほど遅いのだ。
今だって、深夜で店内に客はほとんどいないのに、ライン1つ送るのだって時間がかかる。
ネットサーフィンなんぞしようものなら、”待ち”の時間が9割になるだろう。

デニーズはまぁまぁ早い。ルノアールはもっと早い。
外で書くことがほとんどだから、店のネット事情にも詳しいのだ。

でもまぁ、ついついネットサーフィンしてしまう、みたいなことにならない分、ジョナサンは捗る。深夜はスマホも家に置いていく。自分は軽いスマホ中毒のバカで、野球のまとめサイトばかり見てしまうからだ。

そんな感じの1日だった。
まだやるが。
夜は、長い。
パチパチ
2019年08月19日 (月) | 編集 |
5時に寝て、1時に起きた。

その後、腰のリハビリに行き、近くの喫茶店で新聞を読み、今だ。

ここの喫茶店は、店主が完全に趣味でやっているため、客がほとんどいない。
最近わかったのだが、店主はこの店が入っているマンションのオーナーらしい。
店の閑散さには、度々ぞっとしていたが、それなら安心だ。潰れることはないだろう。

家から近く、店内が静かで、コーヒー一杯で何時間でも居座れて、パソコンをパチパチしていても嫌な顔一つされない。
しかもなぜか23時まで営業している。お盆も通常営業していた。

脚本なんぞを書く自分にとっては、まさに理想の喫茶店である。


腰について。

週2〜3回、リハビリのため、町の小さな整骨院に行く。
生活のリズム上、混み合う夕方以降に行く必要もないので、真昼間に行く。
そうするとやはり、院内はじいちゃんばあちゃんばかりである。

自分は腰の骨が歪んでいるらしいので、器具に座って、数十キロの負荷で体を引っ張られる。
無理やり引っ張って、骨をまっすぐにするらしい。なんだか、バカみたいだ。
おじいちゃんおばあちゃんと一緒に、骨をまっすぐにしている。
なかなかに情けないが、致し方ない。

それが終わると、今度は”パチパチ”をする。
院内の人みんな”パチパチ”と呼んでいるので、”パチパチ”としか言いようがない。たぶん電気のことなんだと思う。
パチパチする棒を腰に当てられる。

痛いところにピンポイントで当てるのが大切らしい。
だから、当ててくれる先生とのコミュニケーションが大切だ。
うまくコミュニケーションがとれず、全然痛くないところばかりやられるとものすごく損した気分になる。

「もうちょっと下、お願いします」
とか、だからハッキリ伝える。

難しいのは、そう言った場合に、「(あ、上でよかったなぁ。下、全然痛くないわ)」となった時である。

「やっぱり上だ。上が痛い。ほら、上、頼んます」などとは、なかなか言えない。

美容院に似ている。
切り終わって鏡で後頭部を見せられ「いかがですか?」と聞かれてから、「う〜ん、すません、やっぱりもちっと切ってください」とはなかなか言えない。
図々しい奴だと思われたくないのである。

そういうわけで、この”パチパチ”前は、なかなかに神経質になる。
一発で痛いところを正確に伝えなければならない。
前屈をして、今どこが痛いのかをハッキリ把握したりする。

今日はうまくいかなかった。
本当はもう少し下を”パチパチ”してほしかった。

次こそはうまくいきますように。
そんな祈りを込めつつ、パソコンをパチパチしている。

8月18日
2019年08月19日 (月) | 編集 |
朝7時に寝て、昼の2時に起きた。

今日はホームページの打ち合わせをしたり、ネットフリックスで「おっさんずラブ」を観たりした。

雲水の公演が11月にあるが、稽古が10月から始まるからそこまでには台本を仕上げておかなければならない。
9月中旬からプレ稽古があるから、それまでにはある程度脚本として形にしておかなければならない。
ということは9月上旬には、物語の流れが詳細に決まっていないといけない。
となると今こうしてブログを書いてる8月18日、日付変わって19日、この頃にはとにかくもう必死で机に向かって物語をひねり出していなければならない。

というわけで、大変だ。気持ちばかり焦って、芝居はまだまだ形にならないから、とても苦しい。そういう時期だ。

心がけるのは、とにかく「傑作を書き上げる」なんて気持ちを捨てること。
そんな気持ちでは、机には向かえない。

脚本を書くことは、可能性を削る作業だ。
何も書いてない白紙には、無限の可能性がある。ここからどんな名作だって生まれる可能性がある。
1文字書くごとに、いろいろなことが決まっていき、限定されていき、貧相になっていく。
これは辛い。作品が貧しくなって行くことに立ち会わなければならないのだ。最悪だ。
だけど、これはもう「そういうもんだ」と割り切るしかない。

白紙ではお芝居ができないからだ。
とにかく動かないといけない。書かねばならない。


年下の人と飲むことがある。
自分の周りにいる年下なんて、だいたい役者志望だ、9割以上は燻っている。
多くの人は、ぼんやりと「何者かになりたい」という野望を持っている。
だけど、野望を持って、たくさんの可能性に包まれて、満足している。

何かしたいなら、とにかく行動しなければならない。
少なくとも、酒を飲んでクダを巻いていてはダメだ。

年下ばかりだ。
年上の、そういう人は、もう周りにはいない。
30過ぎてまだ踏み出せない人は、もう演劇をやっていない。

動き出すのは怖い。
だけど、動かなければならない。
だから、そろそろブログを書くのをやめて、もう一度台本に向かい合わなければならない。

なんの結論もない。
書き出しの「俺、昼夜逆転してるぜ。アウトローだろ? へへっ」みたいな感が丸出しの書き出しも最悪だ。

だけど、ブログとはそういうもんだと思って割り切る。
最悪の書き出しでいい。
しょうもないブログでいい。
とにかく1本書くのが大切なのだ。

とにかくこの記事を書いてて全然面白くなりそうになかったので、
そういう説教臭いことを言って、なんとかそれっぽく仕上げた次第だ。

脚本を書こう。
そして、明日も覚えてたらブログを書こう。
パワフルに生きる
2019年08月18日 (日) | 編集 |
タイトルの通りです。

唐突に、パワフルに生きたくなりました。
4年くらい前に躁鬱を患って以来、なるべく感情に波風を立たせないよう生きてきました。
気持ちが上がれば上がるほど、沈み方が凄まじかったからです。

しかし、そんな生き方ももう飽きました。
今年の夏は穏やかにのんびり生きてきましたが、嫌になりました。
やはり、ヒリヒリした地獄の中で生きていたいのです。
沈んだらまたその時考えます。

バイトをやめよう!と1年前に思いました。
経済的に余裕ができた、というよりも、まずは辞めないと話にならないと思ったのです。
背水の陣で臨まなければ、ダメだ!と。

色々と仕事をさせてもらい、1年前のいつ食いっぱぐれるかわからない状況からは脱しました。
日々節約してれば、生きていけるみたいなぐらいの、、

もう、それも面白くない。
とにかく金を使っていこうと思う。
金を使って使って、借金してもいいし、
とにかく自分のためにお金を使おう。
もう一度、背水の陣を敷くのだ。
自分に投資しないことには、ヒリつく状況に身を置くこと以外には、
もう前進はない。

いっぱしの脚本家になったつもりなら、大間違いだ。
自分はまだ全くそんなポジションにいない。
それでも、今の状況に甘んじている自分もいる。

もう一度とことんまで追い込んで、
絶望的な状況になってもいいから、
自分のためにお金を使おう。

パワフルに生きてみようと思いました。
これからブログは毎日更新します。
恥ずかしいことを書いてしまうだろうから、twitterの連携はしない。
誰にも読まれないかもしれないが、今はそれでいいや。
きっと読むのもしんどい粗い文章だ。

この記事も、支離滅裂だ。
だけど思うのだ。

まだまだここからだ、と。

よし。