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劇団献身主宰の奥村徹也のブログ。愛想を振りまくtwitterと違い、1日平均アクセス数3の当ブログでは好きなこと、書きづらいことをたくさん書きます。右の猫がかわいい。
劇団献身「スケールII」終演しました
2021年10月20日 (水) | 編集 |
あまりにも久しぶりにブログを書きます。
劇団献身第15回本公演「スケールII」全日程終了しました。
ご来場いただいた皆様、関係者の皆様、本当にありがとうございました。

コロナ禍で演劇をやるにあたり、俳優はもちろんスタッフともお客さんとも、千秋楽を迎えるこの日まで誰とも飲みに行きませんでした。
それはもうすっかり新しい常識になっていて、だけど気持ちの整理が追いつかない。誰とも話さず、打ち上げもせず、どうやって公演を終えればいいんだ。
打ち上げくらいいいじゃないか。もう終わったんだから。いや、ダメなのはわかって言っている。説得するな、わかってるから。帰宅したよ、大人しく。なんなら俺が一番最初に劇場を出たよ。
それでも、話したいことがたくさんある。溢れている。それを誰にも言えていない。寂しいじゃないか。

だから今回は非常に私的にブログを書くことにした。いわばこれは打ち上げだ。
2年半ぶりに下北沢オフオフシアターに戻ってきて、一度は中止になったスケールを「スケールII」として上演できて興奮しっぱなしな自分の気持ちを、軟着陸させる。次に向かわせるために気持ちの整理をつける。そのためにブログを書く。打ち上げブログだ。
当然、打ち上げだから取り止めもない。誰かに読みやすいものを書くつもりもない。こうして、前置きだってやたらに長い。誰にとっても、もしかしたら自分にとってもどうでもいいことをツラツラと語る。

それこそが打ち上げで、昔は打ち上げなんてだるいとしか思っていなかったけど、散々くだらないことで笑い合って眠い目をこすって酒を飲み続け朝5時に店を出て、生ゴミが散らばった路上で白んだ空に若干目を眩ませることで気持ちに区切りを付けていたんだ、これまでずっと。
ややセンチメンタルな言い回しをしている気もするが、それもこれも、今この瞬間が打ち上げだからだ。打ち上げは妙に感傷的になるものなのだ。

さて、ここからは作品について、思いついた順番に書いていく。本当に、思いついた順に。打ち上げは、くだらない話をすると共に、作品を振り返る時間でもあるからだ。

オフオフシアターを押さえたのは昨年の10月頃だったと記憶している。超格好いいタイトルの前回公演「知ラン・アンド・ガン!」が終わって少ししてからだ。
劇場を押さえた時点で既に、次はスケールにもう一度挑戦しようと決めていた。
制作の安達や近しい人にはこの段階で「スケールをやる」と公言していた。「このままじゃ終われない」と。
ただ本音を言うと、この時僕は非常に疲れていた。
いつ中止になるかもわからないコロナ禍で演劇公演を執り行うことによる心身の疲弊は、想像を絶していた。「スケール」の中止と、タイトルが超格好いい公演「知ラン・アンド・ガン!」で疲弊し切っていた。

感染対策はどうするのか、本当に今上演すべきなのか、そもそもなんで俺は演劇なんぞをやっているのか、俳優のみんなは今どんな気持ちなんだ、本当にやりたいと思って集まっているのか、靴裏の消毒に意味はあるのか、本番前にPCR検査するって言ったってそこで陽性者が出たらどうなるんだ、考えることは山積していて、もはや安達と自分だけでは到底無理というか本当に二人とも潰れてしまう寸前だったため新たな制作体制の構築も必要だった、けど誰に頼めばいい? 感染対策マニュアルも作らないといけないぞ、PCR検査は一回三万円かかるらしい、「スケール」中止で被った借金もまだ返せてないのに? 「知ラン・アンド・ガン!」は初めて公共の財団が主催だから、やたらと事務連絡だって多い。
この1年半、演劇をやるということが、とてもしんどいことになっていた。元々ギリギリだった演劇の、”楽しいこと”と”しんどいこと”のバランスが一気に崩れた。
だから新作を書く気力が湧いてこなかったのだ。書ける気がしなかった。書きたいことも見つからなかった。

面白いことは暇な時に思いつく。一日中だらだらして、「あぁ、俺はなんてだらしがない人間なんだ」と思いながら布団に潜り込んだ深夜二時に思いつく。頭の中が隙間だらけになった時にだけ、面白さという人生においての余計な部分が動き出す。
前回公演までは(もしかしたら今も)、頭の隙間をコロナ禍が全て埋めてしまっていたから、何も思いつかなかったし、思いつく予兆すら皆無だった。毎日Twitterで本日の感染者数を見て、数字ばかり追うことになんの意味があるかもわからぬまま、落ち込んだり喜んだりしていた。自分にとって都合のいい「コロナはただの風邪」と宣うアカウントを読み漁って必死に束の間の安寧を得ようともしていた。
だから、中止になった「スケール」も、なんとか上演できた「知ラン・アンド・ガン!」も、脚本を書くのが本当に辛かった。本来、劇団献身の脚本を書くのはもちろん辛いことはあっても人生で一番たのしい時間のはずだった。その楽しさがもう、ほとんどなくなっていた。
だけど、劇団は動き続けないといけない。少なくとも年に一回は公演をしないといけない。忘れられたくなかったし、今いる人たちを繋ぎ止めておきたかった。

だからつまり、「スケールにもう一度挑戦しよう」という前向きでドラマチックな言葉の裏には、そういう消極的な気持ちが多分にあったのだ。「スケール」なら台本はほぼできているし、役者とスタッフさえ集めれば上演はできる。いつ中止になるかもわからない状況で書き続けるという地獄を回避できる。
後ろ向きだ。でも、そうなのだ。この企画はこうして、僕の非常に後ろ向きな気持ちとともに動き出した。

まずはスタッフィングをした。
いつも劇団を支えてくれるスタッフたち。だがここでも問題が発生する。
安達と予算を組んでみたが、圧倒的にお金がない。オフオフシアターからは「緊急事態宣言下の場合1ステージあたり最大30席」と言われていた。いつもの半分以下だ。それでも俳優・スタッフの稼働は変わらない。
公演にかかる経費はいつも通りかかり、収入は半分以下に落ち込む。やるだけ赤字の公演になるのは目に見えていた。
※結果から言えば「スケールII」はAFFという助成金の採択を受けて、このピンチを凌いだ。ただ、助成金の情報が出たのは今年の5月頃。採択が決まったのも7月下旬だ。

予算組みをしている段階では当然、何の助成も当てにできない状況だった。収入が半分以下であることだけが確定している中で、形を作っていくしかない。そして、下町ロケット的な画期的な大逆転的発明があるわけでもなかった。「スケール」で大きな赤字を抱えて「スケールII」で新たな赤字を抱える。なんだかバカみたいな話だったし、それを面白がれるほど自分はラディカルな人間でもなかった。

だから、スタッフに最低限以下のギャランティでお願いをした。いつも支えてくれているスタッフをコロナ禍で最低限以下のギャランティで雇う。とても失礼な話だとはわかっていた。
それでもいつものメンバーが集まってくれた。感謝しかない。そして借金とはまた違う形で大きな借りを作ってしまったと実感して、それはそれで落ち込んだりもした。人間って面倒だ。
この2年、映像関係の仕事は有り難いことに、受け切れないほど舞い込んだ。けれども、舞台の仕事の話はめっきり来なくなった。大劇場の公演は息を吹き返しつつあったが、僕に依頼がくるような小~中規模な演劇公演は激減していて、それの煽りもあったのかもしれない。集まってくれたスタッフたち。作った借りは、別の仕事で返したい。だけど返す当てはなかった。
沈没寸前の幽霊船のような状況で、企画は不安定な一歩を踏み出した。

出演者に関しても、検討が必要だった。
木村くんは退団したし、きづきもスケジュールが合わない(あいつはなかなかに売れている!)。地方から「スケール」のために一ヶ月近く東京に滞在していた左京風香さんに関しても、コロナ禍で東京に再び一ヶ月滞在させることがどうしても現実的には思えず、見送るしかなかった。左京さんに関しては、だからというわけではないが今年1月の舞台「アルプススタンドのはしの方」で主演を務めてもらった。あの作品において主演は間違いなく左京さんが適格だったけど、この時の借りを返したいという気持ちがあったのも事実だ。

出演者は全部で6人。
劇団員である納、加瀬さん、しぶさん、松尾くんは確定。あとの二人をどうするか。慎重に決めたい。もうこれは打ち上げだから全部言うけど、できれば事務所に所属していない人でキャスティングしたい(コロナ禍で大人が関わりすぎると小劇団では足並みを揃えるのが難しくなる)。
非常に悩んだ。安達に思いつく限りの人の名前を挙げてもらった。これはいつもやってもらっていることだけど。安達の眼力はたしかで、これまでも長尾友里花をはじめ様々な俳優を引き合わせてくれた。
だが、こと今回に限っては、リストアップしてもらった名前を見てもすぐにピンとこない。というか、初めましての人とやるのは抵抗があった。これもコロナのせいだ。その人の人間性も知らずにキャスティングして、たとえば超飲みに行くならず者だったらどうしよう、とかそんな今までは考えもしなかったことを考えなければならなくなっていた(そういう意味で、今小劇場のフリーランス俳優は非常に厳しい状況にあると思う。今年の助成金も団体にしか交付されないし、新規団体への参加も上記のような理由や、そもそもオーディション自体が激減しているため難しい)。

転機が訪れたのは12月。松尾くんが出演しているMCRを観に行った時のことだ。

そこで主演を務めていたのが、川久保晴だった。「そうか、サエがいたか」とようやくピンときた。
サエは、6年前の劇団献身ワークショップに来てくれて面識があった。同じ早稲田出身で、納と同じサークル出身ということもあり、人間性は納が保証してくれた。
何より、MCRで躍動するサエは、6年前とは比べ物にならないくらい魅力的な俳優に成長していた。

サエにはまず、「アルプススタンドのはしの方」の稽古場代役で入ってもらった。
数日間だけだったけど、十分に面白かったし、稽古場にも異常なほど溶け込んでいた。元々酒は飲まないらしいから、稽古場内で関係性を築くことを苦にしない。
俳優は(少なくとも自分の周りでは)、人見知りが多い。だから、飲みにいく。飲みに行って、長時間喋って関係性を築き、芝居に昇華させる。だが、何度も言うがコロナ禍だ。そういうコミュニケーションはもうとれない。だから、稽古場内だけで人間関係を構築できる人が必要だった。そういう意味でも、というかもう全ての面で、サエがドンピシャにハマった。

サエが決まってあと1人。
この一人が難航した。主役である納の彼氏役。物語の鍵を握る。コメディアンに寄り過ぎても違うし、格好良過ぎても違う。不思議で優しい魅力に包まれて、だけど捉え所のない、そんな男を探していた。
細井じゅんくんに決まったのは、つい2ヶ月ほど前だ。やはり安達の推薦だった。
その後、ジュンくんが出ている映像を取り寄せて観た。良い気がする。。なぜだか魅力的だ。

そして、初めましてだけど、意外にも関係性的に近かった。
事務所には所属していたが、その事務所はゴジゲンのメンバーも所属しているgina creative managimentだったのだ。
マネージャーの片桐さんは死ぬほど優しい方で気心も知れている。これなら何の問題もなかった。
さらにゴジゲンPの半田さんからも「じゅんくん、いいですよ!」とお墨付きをもらい、オファーに踏み切った。
こうして、稽古イン直前にようやく座組みが揃った。

さて、話はまだまだ続く。
外堀について延々話してきたが、次は内容についてだ。別にもう読まなくてもいい。大抵の打ち上げでは途中で寝る人が続出し、最後まで起きてるのは半分くらいだからだ。だから好きなタイミングで寝てください。

話を続ける。台本について。
中止になった「スケール」が止まったのは稽古をたしか残り4~5回残したところ。新作を作る時は正直ここからが追い込み時で、台本もまだようやく初稿が上がったところだった。だから、粗い。直す必要があると思った。あと、物語自体「コロナ禍で地元に帰ってきた人たちが久々に再会する」というものだったからそもそもの根底から見直したいと思った。今の自分は、せめて物語の中でくらい、コロナを忘れたいと思うようになっていた。
あと、やはり木村がいなくなったのも大きい。木村にしか言えないセリフというのがあるのだ。そこも直したかった。

漠然とではあるが、この公演でコケたら、劇団は一気に立ち行かなくなるだろうという予感があった。
団体としては、常にぎりぎりの状態だし、前述の通り僕自身コロナ禍での劇作に疲弊し切っていた。
それは劇団員たちも同じだったと思う。劇団は当然続けたい。失敗は絶対に許されない。けど、こうやって気負った時は大体うまくいかない。外堀は埋まったけれど、台本は一向に進まない。

しかも2021年は年始から猛烈に忙しかった。休みがなかった。いや、あったかもしれないけど、そのわずかな休息を使って、気負いまくった作品と向き合うということができなかった。
とにかくまとまった時間が欲しい。そう思いながら日々を過ごした。時間だけが凄まじい速さで流れていった。

他の全ての脚本仕事を終えて、ようやく体が空いたのは9月17日のことだった。稽古開始が4日後に迫っている。台本は一文字も直していなかった。「さて、今どれくらい気負っているかな」と自分自身を確認してみると、気負いの化け物は案の定とてつもなく巨大になっていてその全貌が捉えきれないほどだった。

こんな化け物と正面から向き合うことは不可能だ。
やり方を変えなくてはいけないと思った。
混乱したまま、ソファに身を投げ出し、スマホで殴り書きを始めた。

これがハマった。

スマホで書くと、なぜか気負わなかった。普段、Twitterとかラインとか、どうでもいいことしか書いてないからだ。きっと脳が誤作動を起こしている。どうでもいいことを書いているんだと勘違いをしている。台本を書く重圧がない。スルスルと書ける。書ける。書ける。これまで止まっていたのが嘘のように書き続けることができる。
ソファに寝そべりながら、移動中の電車、寝る前のベッドの中。机にはほとんど向かわなかった。
新しいシーンもどんどんと追加し、セリフもそれぞれに当て書きするために、ほぼ全て書き直した。
今回、制作として劇団スポーツの田中さんに入ってもらったのも大きかった。
劇団員含め制作が4人体制となり、自分は制作業務にノータッチの状態になった。今の制作業務はほぼほぼイコールで感染対策でもある。だから、ここに関わると疲弊する。今回はPCR検査を3回行った。検査が迫ると気が気でなくなるが、今回はある程度忘れることができた。4人は本当に大変だったと思うけど、自分的には本当に久しぶりに劇作に集中できたのだ。
その後10日間で、「スケールII」はすんなりと脱稿となった。
読み返すと、これはもうほぼ新作だ。やればできるじゃないか!
書き上げた満足感はあったけど、新たな問題も浮上してきた。

今回の稽古は全部で15回ほどしかなかった。普段は25回くらいやるから、かなり少ない。感染対策の一環であるし、「スケール」の時にすでに一ヶ月稽古したのだから、十分だと思っていた。
だが、これはもうほぼ新作だ。そうなると時間がない。稽古は休憩もそこそこに急ピッチで進んでいった。

それに伴い演出スタイルも、みんなはあまり気にしてなかったと思うけど、少しだけ変えた。以前は、修正点を伝えたあと、修正できるまで稽古を繰り返した。だが今回は、伝えて、あとはなるべく任せるようにした。もちろん、何度伝えてもできない所は、繰り返しやったけれど。大抵の場合は、伝えたら次の稽古の時には修正してきてくれた。
その場で修正できるのは器用な役者だけだし、それが特別高い価値を生むわけでもない。その場ですぐにできなくても次の稽古でできていればいい、極論本番に間に合えば別にいいんだ、と当たり前のことに気づいた。逆に、本番に間に合わないのでは、と判断した場面だけは何度もしつこくやったけど(ごめんよ)。。
時間がない稽古のおかげで、そうやって考え方を改めるきっかけになった。

物語について。
今回は、いつもよりも間を多めに使って芝居をした。
この理由は明らかで、1つは木村がいなくなったこと、もう1つは納が主演であったことだ。
木村やしぶさんに当て書きをすると言葉で畳み掛けたくなる。言葉の応酬で笑いを作りたくなる。二人とも言葉のリズムが面白いので次々と速射砲の如く撃ち続けたくなる。そうなると自然、テンポが上がり、間もほとんどない方が面白い。もちろん声の大きさも必須だ。これは二人の地の面白さ故だと思う。
一方、納は対照的だ。納は、黙っているときや小さく声を発するときにとてつもない魅力を発する(少なくとも自分はそう思っている)。佇まいで見せることができる。納がいると間が生きるのだ。初めて、佇まいで勝負したいと思える俳優だった。

元来、僕は間が嫌いだった。基本的にせっかちな人間だ。吉本新喜劇を見て育ったし、常に何かを捲し立てたいと思っていた。

もしかしたら自分も30代になって、少し落ち着いたのかもしれない。少しくらい間があってもいいんじゃないかと思ったのかもしれない。そのタイミングで納に出会えたのは幸運だった。出会うタイミングが違えば、おそらく一緒にはやってなかったと思う。

ちなみに加瀬さんはどっちもできる。あの人はすごい。

以上のような理由から「スケールⅡ」は、静と動の二つの軸で物語を展開することにした。
納とジュンくんは、静の軸。劇団史上最長の男女の会話劇だった。こんなにノンバーバルなコミュニケーション多めでお送りしたことは今までなかった。
しぶさんと加瀬さんはもちろん動の軸。存分に暴れてもらった。木村もそうだったけどしぶさんも、劇団献身に出てるときが一番面白いと絶対の自信を持って言えるなぁ、俺は。

二つの軸を交互に見せることで、物語に明確に緩急を付けられた。
特に静のパートは、劇団でも初めての試みだったので(とはいえ、これが普通の芝居な気はする)、新しいことにチャレンジできてよかった。
中肉中背のメガネばかりの劇団で、これだけ物語を紡げたのは素直に俳優陣の力だと思いました。ただのメガネじゃないです、あの3人は。しぶさん、加瀬さん、松尾くん、みんな素晴らしかった。

なぜ恋愛を題材として選んだかは忘れてしまった。最初にプロットを書き出したのは二年以上前になるのだ、そりゃあ忘れてしまうこともある。
でも、楽しかったな。なんとなく書きたかったんだと思う。

最後に末悪をぶっ殺す場面。
自分で書いておいて胸がすく思いだった。
別に末悪をぶっ殺したかったわけじゃない。
劇にすればなんでも忘れられる。反対にずっと覚えておくこともできる。そう再確認することができたのだ。
辛いことが多い一年半だった。そういうの全部忘れる前に、劇に閉じ込められた気がする(松居さんが「アイスと雨音」のとき、同じこと言ってたな)。
あのぶっ殺すシーンは、自分のために必要だった。
同じように、なにかを忘れるため、なにかを思い出すために劇を必要としてくれている人に届いたら嬉しい。意味不明なシーンだったから、届かなかったかもしれないけれど。

ちなみにこの劇で一番好きなセリフは「東京は忘れかけることができる場所なんだよ」です。
僕はこの劇や、スタッフ、俳優たちのおかげで辛いことを忘れかけることができました。明日にはまた思い出すかもしれないけれど。

なんだか書いたらスッキリした。もう少し長くなるかと思ったけど、うん。
大体打ち上げも深夜二時くらいには粗方語り尽くしてスッキリする。話すことがなくなって、帰りたくなる。そこから始発までの三時間くらいがクソだるかったのをなんだか思い出した。あの時間、マジで嫌いだったな。今となっては懐かしいけど。

気分的には深夜二時だ。
ここからダラダラするのが打ち上げの打ち上げたるところだけど、やっぱりブログと打ち上げは違うから、ちょうどいいとこで終われてしまう。パソコンを閉じればすぐにひとりぼっちだと言うことに気づいてしまう。
また打ち上げして「クソだるい、この時間なんだよ、死ねよ」って思いたいな。

あ、そうそう。高校時代初めて付き合った彼女との初デートが映画館で、ゲド戦記でした。
その記憶も劇に閉じ込めることができました。よかったよかった。二度と出てくるな。

以上です。来年も劇団公演やります。
7月に新宿シアタートップス。初日が僕の誕生日の予定なので、楽しみです。

以上!終演!!
ありがとうございました!
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久しぶりに。
2020年12月04日 (金) | 編集 |
ブログを書く。
かといって特に書きたいことがあるわけではない。
このブログの存在を思い出したので、なんとなく書いてみる。

2020年は、いろいろあったような気がするけど、どうだろうか。
やっぱりコロナに振り回された気がする。

2020年始まってすぐゴジゲン公演。
献身の公演は、本番直前に中止が決まって。
自粛期間中は映画をたくさん見て、ちょろっとシナリオを書いたりした。
アルプスの映画が7月に公開されて、予想以上に反響があった。
9月の劇団公演は、感染対策とかいろんなものに気を使いながらで疲れ果てた。
それから2ヶ月半くらい経過して、最近はなんだか足踏みをしてる気がする。仕事はしてるけど、どうなんだろ。

自分を突き動かす原動力はなんだろう。
最近、目標をよく聞かれる。やりたいことを聞かれる。
ちゃんと設定しないと、たしかに自分が今どこにいるのかわからなくなりそうだ。
一回立ち止まって考えねば。

今年もありがとうございました。
備忘録
2019年09月13日 (金) | 編集 |
八丈島に行ってきた。
単なる旅行だが、取材の気持ちも1ミリくらいはあるので、ここにメモしておく。
メモだから粗いが、メモだからしょうがない。


本当は3泊4日で宮古島に行く予定だった。
が、台風15号の猛威により、乗る予定だった早朝の便は、前日の早々に欠航が発表された。

救済の臨時便が飛ぶわけでもない。昼以降の飛行機は飛ぶらしい。
何やら理不尽に感じるが、急なキャンセルを待つことになった。これを空席待ちという。

当日、朝5時に起きて空港に向かう。キャンセル待ちは、早く受付をすればそれだけ有利なのだ。朝8時に、車で空港に向かうとキャンセル待ち番号551番であった。
400番から始まるらしく、キャンセルが151人出たら乗れるらしい。
どうにも絶望的な状況であった。

それでも待つことにした。
10時間ほど待った。
結局飛行機には乗れなかった。

台風によりキャンセルが続々と出たのだろう。
15時の段階で、523番まで呼ばれた。期待が膨らんだが、その後は全然だった。
許せないのが、空席待ちにもランクがあるということだ。

JALにおいて、我々一般庶民はカテゴリーBに分類される。
どういう要件を満たせばいいかわからないが、Bの上にはカテゴリーAとカテゴリーSが存在した。
彼らは、どんなに受付を遅く済ませても、Bの全ての人間より優先的に登場できる。

夕方になると、今きた感が満載のSとAの人間が続々と到着。早朝から並んでいるBの愚民を尻目に、悠々と搭乗して行った。
SとAの人間でいっぱいとなり、それ以降Bの人間は一人も呼ばれなくなった。
かわいそうなのは、僕らより前、520番台で乗れなかった人間。あと少しだったのに、、Bの人間はとんでもないストレスを抱え、暴動に近い騒ぎとなった。
おじさんが若い地上スタッフにスマホを見せて詰め寄る。
それは那覇行きの機内の様子。どうやら空席は、案内されていた以上にあったらしい。だが、受付には時間がかかる。空席があっても、発車時刻になったら締め切られるのだ。その事実が露見し、加えてSとAの存在。一触即発の雰囲気。Bの人間は怒り狂う人と菩薩のように悟りを開いたアルカイックスマイルの人の二種類に分かれた。

自分もアルカイックスマイルで帰宅。
このままでは終われない。せっかく休みをとったのだ。

宮古島は人気で、もう今から翌日のチケットもとれない。
ならば別の島だ。調べたら八丈島がとれた。


翌日再び羽田空港へ。
なんだかバカみたいだが、ようやく乗れた。

島までは、飛んでる時間としては35分。受付から何から全部やっても2時間かからなかった。
14時頃に到着。
ホテルのお迎えバスに乗ってチェックイン。

八丈島は1周45kmの小さな島だ。
ホテルのレンタサイクルで島を半周した。
八丈島は、美しい島だったが、観光に力を入れている感じではなく、色々と不便だった。が、それがいい。
観光地というのは往々にして、バカみたいに便利すぎて興ざめするものなのだ。
夏のピークも過ぎていて、人はまばらだった。

イタチが横切った。
夕日の丘というスポットに差し掛かった時、ちょうど夕日が落ちた。さほど狙ってはいなかった。

夜はバイキングをして、星空鑑賞会に参加した。月明かりが強すぎて星が見えなかったし、ギャルたちが騒がしかったが、まぁいい。

温泉に入って、それで初日はおしまい。


2日目も朝から自転車に乗った。レンタカーもあったけど、自転車が好きなんだ。
朝7時から受付開始のため、7時から借りた。
10台しかないため争奪戦なのだ。

午前中は底土海水浴場でシュノーケリングをした。
汚い海しか来たことがなかった。江ノ島とか逗子とか。
八丈島の海は美しくて、30m先まで見通せた。サンゴがあって、魚がいた。

午後から、周っていなかった島の半分を自転車で周り、道中の温泉に入った。
高低差が400m近くある急勾配だったが、楽々だ。

さらに道中、数少ない商店で惣菜を買って食べた。
爺さんと喋った。
水平線がハッキリ見えた翌日は、雨になるらしい。

まさしく、最終日は雨だった。
が、まばらで、曇りがほとんどで、問題なかった。やはり最終日も自転車だ。

海に行き、800mの山を7合目まで登った。
時間がなかったので、それで下山だ。
7合目には牛がいた。

それで飛行機に乗って帰った。
同じホテルに反社会勢力のような人たちがいて、一番後輩の人が二日酔いで死ぬほど顔色悪かった。

それで帰宅して、近所のラーメン屋でラーメンと餃子を食べた。

向かいの家からは、今日も奇声が上がる(本当に奇声が上がる。一度警察を呼んだこともある)

そうして旅行(取材)は終わった。
これをどう脚本に落とし込むか。
ちゃんと落とし込めれば、旅行としても楽しく、糧にもなって、お得じゃないか。

そんな感じだ。

メモだから、乱文だけどオッケー。以上だ。
禁煙の世の中
2019年09月07日 (土) | 編集 |
タバコを吸う場所がどんどん減っている。
もはや絶対やめた方がいいんだけど、まだ吸っている。

いつも行っているファミレスも全面禁煙となった。
すかいらーく系列もたぶん全て全面禁煙になった。

今日は劇団の上映会だ。
やる意味があるのかどうかわからないが、面白くて懐かしいものが観れると思う。
再演するのは難しいし、再演したって同じものにはならないからな。

あぁ
2019年08月31日 (土) | 編集 |
面白い脚本が書けたら、もうプライベートがどうなってもいい。
ギャラも全て喫茶店とサウナにつぎ込む。

だから神様、気の利いたセリフを俺に教えてくれ。

引っ越してから疎遠になったデニーズは、何も変わっていなくて嬉しかった。