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劇団献身主宰の奥村徹也のブログ。愛想を振りまくtwitterと違い、1日平均アクセス数3の当ブログでは好きなこと、書きづらいことをたくさん書きます。右の猫がかわいい。
てあとろ50'での思い出~その5
2010年12月08日 (水) | 編集 |
何ちゅう奇跡も終わり、ある春の事、突然玄也さんから電話がかかってきた。
その時、私はちょうど大学の友達と船橋にあるとあるアトリエでグループ展をやってる最中であった。

「エンクラの新人企画があるんだけど…出ない?」

突然のオファーだった
その頃はまだ私は早稲田で役者なんてやった事も無く、前にも書いたようにコンプレックスもあったため凄く不安だった
不安だったのに…受けてしまった。

エンクラ新人企画の前にはてあとろ新人企画もあった。
都電荒川線を貸し切り、その中で芝居をやった。
私はヤマベの芝居に出た
多分何も役にはたてなかったけど、
でも、同期二人がちゃんと私を同期として混ぜて関わらせてくれた事が凄く凄く嬉しかった。
いろんなハプニングもあったけど、なんだかとても楽しかった。

そしてエンクラの新人企画の稽古が始まった。
そこで初めて福田以外のエンクラの同期と出会った。
須賀は一回、てあとろの稽古場に来ていたため面識はあった。
萩野、寺島、中村、奥村、吉江とは稽古場で初めて会う事となった。椎谷ともそこで会った
でも、私からすれば得体の知れない団体だったのでめっちゃ怖かった。
本当に結構ビビってた。
しかし座組にはヤマベもいる。舞監補には村松もいた。
それだけで結構心強かったのはここだけの話だ。
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のほほんブログ2 ~対話編~
2010年12月08日 (水) | 編集 |
久しぶりにブログ書きます。みついです。
「奥三合意」により晴れて僕の書き込みは乗っ取りではなくなり、健全なブログとなりました。ありがとうございます。
奥村の記事を誰かが消したのではないかという疑惑がありますが、もし心当たりがある人は通報願います。「新井薬師議定書」第十五条に違反します。重罪です。ウィキリークスもびっくりです。




さて、僕のこの数週間はジェットコースタームービーのそれのように、目が回るほどの速さで過ぎました。書きたい事はあってもパソコンに向かう心身の余裕がありませんでした。ここらで溜ってるものを吐き出そうと思います。


僕は現在、公務員試験の講座を受けています。
普段は経済原論や行政法といった堅苦しい内容の授業を行っているのですが、今日はグループディスカッションの練習の日だったのだ。

まず6人に組み分けを各自するのだが、これがなかなか決まらない。人とは実に滑稽なものだ。
結果的に極めて消極的な男4人と女2人が集まった。無論、僕も含まれている。
初めに行うのは自己紹介だが、先生はこれを
「大学、学部、ゼミ、サークル、出身地などの属性はいうな!自分がどんな人間なのか内面をアピールしろ!」と強く指示した。


僕はチャンスだと思った。早稲田を中心に演劇ばかりやってきた僕には4年間で1人も大学の友達がいなのだ。

同時に4年前に起きたあの出来事が蘇った。








遡ること4年前。
僕は早稲田で演劇をやろうと希望を胸に日本大学に入学した。
日本大学生としての初めての行事は、同じクラスに割り当てられた人達との大学主宰「つま恋1泊2日の旅」だった。初めからサークルを早稲田と決めていた僕は大学で友達を作るチャンスはここにしかないと直感で理解していた。
僕は自己紹介の時から飛ばした。

モノマネ七変化をして笑いを誘った。七色に声色を変える僕の姿は、まるで虹色の声をしたカナリヤだと自信を持っていた。

結果、



滑った。

それも衝撃的にだ。あの空間にミカンがあったら一瞬で冷凍ミカンに様変わりだろう。
今考えてみれば当然の結果だ。全く知らない人間がいきなり下手くそなモノマネを自信ありげに、ニヤニヤとほくそ笑んでいる姿など面白いはずがなかった。

それ以来僕はクラスで浮いた存在になり、1年生の内に語学の授業を諦めた。(クラスでの授業だから)








それから4年間僕には大学に友達が一人もいなかったのだ。

4年目にして千載一遇のチャンスが巡ってきた。僕にとってこの時間は公務員に向けての練習時間ではなく、学友を作る時間に変わった。

順番はじゃんけんの結果、最後になった。

それぞれ自己紹介をしていく。みんな緊張のせいか声が小さくお世辞にも面白い自己紹介とは言えない。

そして


ついに



僕の順番だ







結果

















ウケた。







僕を除いた5人はゲラゲラ笑ってくれた。
いや、それは言い過ぎかもしれないが僕が自己紹介をしている時、まるで旧友と話しているかのような優しい笑顔になってくれたのだ。少なくとも僕にはそう見えた。
(内容はその場での笑いなので控えさせて頂く)

その後のディスカッションでも、他のグループが各々の殻から抜け出せずに葬式のごとく静かに行っているのを横目に、僕らは和やかに進み最終的には大きな笑が起こる程のグループになった。

そして最後に先生がせっかくだからアドレスでも交換しておきなさいと、アドレス交換のあっせんをした。なんて粋な計らいだ。僕らはすぐさま携帯を取り出し交換をはじめた。
僕はi phoneなので自分のアドレスを記録したバーコードリーダーを皆に読み込んでもらって
「俺は皆のアドレスわからないから、後でメールちょうだいね~!」
と別れを告げた。

あれから6時間










誰からもメールがない