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劇団献身主宰の奥村徹也のブログ。愛想を振りまくtwitterと違い、1日平均アクセス数3の当ブログでは好きなこと、書きづらいことをたくさん書きます。右の猫がかわいい。
2015年06月28日 (日) | 編集 |
6月は本当によく頑張った!
ちゃんと早起きして、働いたり、撮影したり、コント観たり、映画観たり、書いたり、素うどんばかりで頑張った!
その結果!

成果ゼロ!!

ふむ。なかなかに絶望的な気持ちになった。そもそもなんといえばいいのか、本番がない時期ってのはもとより孤独であるのはわかっている。本番中でもないのに「観ました!面白かったです!」とか言われても、一体何を見たんだ、こっちは何もやってねえぞ、ってな気持ちになるのは必定、「あの人が殴られるシーン泣きました!」とか言われても、まあどの芝居も殴るのは絶対あるから間違ってねえけど、いやだからそもそも何もやってねえんだ、ってえなるからまあ言われても困ってしまうのだけれど。

とにかく、一人の時間がものすごく多い。
早起きしても一人、掃除をしても、素うどん食っても、毎日決まった時間にシャワーを浴びても、誰も褒めちゃくれない、一人だ。自分で自分をなるべく褒めて伸ばそうとはしているがやはりこういうのは人様にしてもらった方が都合がよいらしく試しに自分の頭などなでてみるのだが、これがちっとも嬉しくない。ならばと自分に厳しくするかというとそうでもなく、それはそれで、俺に厳しくしているお前は一体何様だ、と自問すると、それはもう俺様以外の何者でもなく、じゃあ同等じゃねえか偉そうに指示なんてするんじゃねえってなるわけで、あえなく手打ち、仲良くミヤネ屋なんぞ観るわけである。

一人に慣れてくると、今度は人と一緒にいるのが億劫になる。
たまに誰かと会ってもすぐにイライラしてしまう。それもそのはずで、一人でいればその瞬間自分のしたいことを随意に実行することができ、また何もやりたくないと思えばそれもそれで随意に怠けることができる。昼過ぎまで寝るのも、軽くシコって夕方まで再び寝るのも、そのあと酒を飲み、気づいたら意識を失い次の日になるのも、これ全て自由である。

だけれども自分以外の人間と一緒にいるとそうもいかない。
はは、昼過ぎまで寝たろ、と思ったとしても待ち合わせが新宿に午前十時だとしたらどんなに遅くとも九時半には起きねばならない。午前十時待ち合わせなのに、軽くシコって夕方まで寝ていました、と言ったらどんなに旧知の間柄であったとしても「了解!」とは相成らぬだろう。

不随意である。
随意的な生活に慣れきってしまった自分にとってそれは大きなストレスとなる。首尾よく待ち合わせに間に合ったとしてもその後打ち合わせと称して相手と会話っちゅうものをしなければならない。これも、延々自分の話をこれ随意的に話し、相手は程よく相槌を打つくらいなら少しもかまわないのであるが、現実には人と会話するとき、相手の話を聞く、という時間が訪れる。もちろん事前に「こういった話を僕にしてください」と頼むというようなことはできないため、相手がどんな話をしてくるかは予測不可能、まったくの不随意的に会話は進行していくこととなる。

不随意だらけだ。
なんということだろう。
公演を控え気のむくまま生活をしてきた自分にとってこれほど疲弊してすることもない。疲れきっちまうのも嫌だから適当にバックレたりしてもいいが自分もいい加減25歳であるし、演劇なんてのは人とのつながりだけで成り立っているため、世間とうまいことやっていかねばならん。

しかし、「世間とうまくやったるか」なんていう傲岸な態度で人といても、その人にしてみればはた迷惑極まりないのであって、「わざわざ時間を作って会ってやってるのに、この傲岸な態度はなんやねんこら」となってしまうのはこれ避けられない事態だ。

もうなんというか、袋小路である。

そんな感じで今色々な人たちとの関係をこじらせてしまっている気がする。

いい加減、随意的なこの1~2ヶ月が例外で、本来人は人と一緒にいなければならないということを僕自身もう一度理解しなおす必要がある。もしくは酒を飲んで全てを忘れる必要がある。

というわけで酒を買ってきた。
たくさん飲んで、忘れようと思う。

明日になれば全てが解決しているかもしれない。
そんな一縷の望みに全身全霊で縋りにいって今日は寝ようと思う。



みなさん、本当にすみません。
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2015年06月14日 (日) | 編集 |
奥村です。

最近はコントばかり書いています。
コントは楽しいです。稽古場で作って、夜に脚本に起こして。そのスピード感と軽さがいい。つまんなくても引きずらずに次に向かいます。

逆に演劇は大変です。適当に書いてだめだったらポイ、ができません。作るのに2ヶ月くらいかかる上に何十人という人を巻き込むので「ごめん、やっぱポイで」なんて言えません。「大変申し訳ありません。今鋭意製作中のお芝居ですがポイさせてください。敬具」などと形式ばってもムダです。

というわけで9月公演の脚本の書き出しに悩んでいます。
とりあえず冒頭5分を書いてみたのですがあまりに意味不明でこれがどう物語に機能していくのかまったくわかりません。
元々プロットをきっちり作るタイプではないので、まずは思いつくままに書いてみます。読み返します。面白くないです。消します。
大体からして脚本の書き方なんて教わったことがないので、もしかしたらものすごく要領の悪いことをしているのかもしれません。でも他にやりようがわからないので書いて消して書いて消してを繰り返します。だから頭の30分なり1時間なりが見えてくるまで不安で仕方ない。叫びたくなる。

そんなとき、8月のコントに思いを馳せ現実逃避を図ります。
ああ、コント楽しいなあ。楽しい楽しい。

今できている分だけで2時間分くらいコントできました。
今もなお、もう作る必要はないのに作り続けています。役者にも「次の稽古までにコントを1本作ってきてください」とわけのわからない指示を出してしまいました。何かから逃げるようにコントを作り続けています。

9月はものすごい、ものすごいものが頭に渦巻いている気がして、絶対面白いものを書ける気がするのですが、文字に起こされているのは坊主が懐中電灯を持ってラーメンにお湯を入れて泣いているという意味不明なものだけだったりして辛くなるわけです。そしてコントを書きます。

コントも嫌になったら本を読みます。
読むのが遅い上に1回読んでも大体内容が理解できないため何度も読みます(お芝居もそうです。大体1回じゃ内容がわかりません)。あっという間に時間が流れ、またPCを開いて相変わらず坊主がラーメンにお湯を入れていて叫びたくなります。
本が面白かったりしたらもう大変です。嫉妬でPCを逆パカ(懐かしい言葉です)したくなります。

でもいつものことなんでぐっとガマンして脚本上の坊主に「ごめんな、お前が悪いわけじゃないんだ」と声をかけます(その後全削除します)。

そんな迷走をしながら最近は生きています。

もうすぐ26歳です。