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劇団献身主宰の奥村徹也のブログ。愛想を振りまくtwitterと違い、1日平均アクセス数3の当ブログでは好きなこと、書きづらいことをたくさん書きます。右の猫がかわいい。
ところかまわず親切にしたい。
2015年03月28日 (土) | 編集 |
奥村です。

人は「誰かの役にたっている」という思いがないと生きづらい。親切といってもいい。
誰かに親切にすることで、自分の価値を確認できる。
逆に親切に出来ないと「ワテ、この人らのためになんもできひんやんけ」と、自分の生きる価値について疑い始めてしまうのである。

僕は今、劇団を主宰している。劇団員は僕一人だ。
毎回たくさんの人に頭を下げて、公演のメンバーを集めている。
この時点で僕はいろんな人に親切にしてもらっている。そして、僕自身が誰かに親切にしてあげることができていない。

僕にできる親切はただ一つ「面白いものを作る」ことだけである。

そして「面白いもの」とは大抵(下らないが)相対的なものなので、本番が始まって実際に評判が耳に入るまではわからない。
だから今はまだわからない。
僕は絶対面白いと思っているのだが、みんなはまだきっと「奥村、これ本当に大丈夫なのか……?」と思っているはずだ。いつもそうなんだ。
つまり、4月15日、「悪いやつは大体トモダチ以上恋人未満」が初日を明けるまで僕はいろんな人に時間をもらって、親切にされっぱなしで、親切を全身に感じて生き続けなければならない。

それはとても苦しいことだ。
親戚の家に居候させてもらって1日3食3年間お金も払わず面倒みてもらったら申し訳なさでたぶん入院する。
今の僕はわりとそれに近い。

それを打開するには
公演以外で座組の人に親切にすることだ。

たとえば今日、座組の人から「小道具が別現場で急遽必要になった」と連絡を受け、渡しに行った。
僕の親切である。
そしてほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
その人から受けていて背負い込んでいた親切を少し返せたからだ(もっともその人には親切にされっぱなしで「まだ100分の1も返せてねえよ!」と叫びたいぐらいなのだが)。

つまり、座組の人から与えられた分だけ親切にしてあげれば僕が今アンジェラ・アキの「手紙~拝啓、十五の君へ~」を部屋で十五歳の立場で熱唱するような事態には陥らないわけである。
そうだ、親切にすればいいのだ。

しかし、それに甘んじてはいけない(なんなのだろうか)

公演を面白いものにすることが自分にとっての至上命題であり、ところかまわず親切にして座組のみんなに「ああ、奥村はとても親切だなあ。これは公演がおもんなくてもまあ許すか」などというところに行ってしまったらそれはすなわち「狎れ合い」であり、もう、バカである。

だから僕はあまり人に親切にはしてはいけない。
ご飯を奢ったり、なんかお菓子買ってきたり、やたらと褒めちぎったり、そういうことはしすぎてはいけない。

だからアンジェラ・アキを聴くしかないのである。


もうすぐ本番だ。
ところかまわず親切にしたい気持ちを抑えて、台本とにらめっこするんだ。
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