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劇団献身主宰の奥村徹也のブログ。愛想を振りまくtwitterと違い、1日平均アクセス数3の当ブログでは好きなこと、書きづらいことをたくさん書きます。右の猫がかわいい。
第7回本公演終わりました。旗揚げからこれまで、ゆっくりめに、時折内輪的に、振り返ります、勝手に。
2015年12月05日 (土) | 編集 |
※超長くなってしまいました。読む人はお気をつけください。


奥村です。
劇団献身第7回本公演「遺言ビッチ、ロックンロール」、終演しました。
観てくださった方、関係者の皆様、本当にありがとうございました。

毎回の基本的なコンセプトとして掲げているものの一つに「再演可能なもの」というものがあります。
それは舞台装置の簡易さであり、ストーリーの普遍性であったりします。
僕はいつか地元岐阜県や中部地方で演劇をやりたいと思っているので、どこにでも持ち運び可能な演劇を作りたいのです。
ナンセンスコメディを掲げているくせに普遍性とはふざけてるのかと言われるかもですが、わりと真面目で、僕はわりと真面目にちゃんと普遍性のあるものを描こうとしています。時折、ふざけますが。
振り返ればどの作品も最悪、人と小道具、衣装、プロジェクターあたりがあれば、上演可能なものになっています(はずです)。

あともう一つ大事にしてることに「赤字を出さない」というのがありました。
きちんと計算して、目標動員を計算して、できることはなるべく自分でやり、いろんなところで頭を下げて、ぎりぎりトントンのところでいつもやってきました。それは自分が演劇を続けていくために絶対に必要なことだと思ったからです。演劇の赤字を埋めるためにバイトしている時間はもったいない。

ですが、今回だけは特別でした。
再演するつもりもないし、黒字を出す気も無い、とにかく、節目になることが間違いのない公演であることがはっきりわかっていたため、単純に全身全霊で出来る限りのものを作ってみようじゃないかと思ったのでした。
だから盆がぐるぐる廻るし、何かと金かかってるし、チャーハンのクオリティすごいし、ストーリーも普遍性じゃなくて、もっともっと内側に、もっと言えば自分のことを書きました。

まあ自分のことって何だよって言うと、「いなくなってから、その人の大切さに気づく」っていうありきたりな、月9みたいなことに26になってようやく気づいたわけです。
で、そういう話にしたわけです。最終的にほぼそういう話ではなくなりましたが、根底はそういう話なのです。そして、ちゃんと「ありがとう」と言えずに終わるのは悲しいなあと思ったのです。だから言ったのです。面と向かって言えないので。

なんだかこうやって書くとわりと「普遍的なテーマ」のような気もしますが、僕が言う普遍的ってのはもっと「登場人物たちの人生」みたいなとこで、最初からストーリーを僕が持っていた今回は、全然かなり個人的なものでしかないのです(何を言ってるかはわからないと思うのですが、すみません)。
だから再演しないです。
これ以上誰かに届けたいとも思わないですし、届かないと思うからです。
でも、好きな作品になりました。よかったです。たくさんの人に観てもらえたし、けっこうウケました。

ここらへんで一回ブログを切ろうと思ったのですが、続けます。どうせほとんど誰も読まないし。切るとまた書かなくなるので。
たぶん超長くなります。読んでる人は覚悟してください。

次は少し空きます。2016年6月。OFFOFFシアターでロングラン。
少しだけ、時間ができました。
ちょうど旗揚げから1年とちょっと、2015年も終わりと言うことで、頭から振り返ります。

2014年
8月 脱サラ
9月 旗揚げ公演「この岐阜の果て」
11月 ゴジゲン「ごきげんさマイポレンド」
12月 ろりえ「ろりえ」演出助手
2015年
2月 第4回本公演「男の壁」「女の壁」
4月 第5回本公演「悪いやつは大体トモダチ以上恋人未満」
4月 番外公演「打ち合わせと私」
8月 コント公演「本当はバンドやりたかった」
9月 第6回本公演「猿ノ献身、」
11月第7回本公演「遺言ビッチ、ロックンロール」

けっこうやりました。
2015年はとにかく「自分の劇団のことだけをやろう」と思っていたので、まあ、やりました。
とにかく「もっともっと面白くなりたい!」という純粋な、かなり純粋な想いでやりました。面白くなるには、面白いことが書けるようになるには、とにかく「書き続けるしかない」と思ったので、無理やり「書かなければいけない状況」に自分を追い込みました。

「今やってることが何に繋がっているのか、それはもうわからない。だけど、それでも、やるしかないんだ」(番外公演「打ち合わせと私」より。これだけは自分で書いた脚本ではないので引用しても、ナルシストだとは思わないでください)

そういう感じで、この1年はずうっと稽古場とデニーズにいました。
それで何かがなんとかなったのか、それはわかりませんが、ちょっとは面白くなったと思います。セリフも書けるようになりました。構成もだんだんできるようになってきました。あとは、なんだか一人でやっていたのに、いつの間にかたくさんの人に囲まれていて、それがとても嬉しかったです。
この人たちをガッカリさせたくない、というか、いなくならないでほしい、という一心で書いていた時期もありました。

来年からは2本の本公演と番外公演を1本くらいのペースでやれたらなと思っています。
もう少し減らすかもしれないし、増えるかもしれないです。それはわかりませんが、自分の劇団以外のことももう少しできたらいいなあ、と思っています。あとは再演したいですね、再演。満を持して。
ここに書くのは憚られますが、今までやった中で再演したいもの、する予定のものが4つあります。多いですね。全部できるかはわかりません。でも、やりたいです。それは来年とかの話じゃなくて、向こう5年くらいの間に、ですので、「お、再演するのか」とかは思わないください。いつやるかはわかりません。やらないかもしれません。

自分の作品を1つずつ振り返る、とかいうのをやろうと思います。思いを馳せときたいのです。
六畳間で一人ぼっちで想いを馳せるには、ブログがあまりにもちょうどいいのです。少し内輪的になるかもしれません。

「この岐阜の果て」
我ながら下手くそな作品でした。
全然死ぬ気のない自殺倶楽部、という、設定はまあいいんですけど、なんかもう、脚本の書き方とか学生時代にやったの、そういうの全部忘れていました。
25歳で旗揚げしようなんてやつの作品に出たい人なんてほとんどいないし、キャスティングも苦労しました。ていうか誰も出てくれませんでした。40人くらいに断られたのを覚えています。働きながら企画を進めていたので、朝の電車内で毎日3人にオファーのメールをする、とかやっていました。
それでもやる気だけはあったので、小屋押さえたり、制作業務やったり、チラシ配ったり、なんでもやりました。本当に毎日忙しかった。
だからこのとき関わってくれた人には本当に感謝しています。自分がしんどいときにメリットデメリットを考えずに力を貸してくれた人ってのは本当に、今でもずっと覚えています。
このとき出てくれた荒川チョモランマ主宰の長田は普段役者やらないし、絶対にメリットなんか1ミリもないのに、死ぬほどタイトなスケジュールななか、やってくれました。
村上純也もサラリーマンやりながら、退勤後に稽古に来てくれました。
後輩の小室慶明は役者と舞台監督を兼ねて死にそうになっていました。
岡村さんはずっと劇場にいて、受付をやってくれて、今の劇団献身のロゴになっている「シンプルな田中」を作ってくれました。
他にも、ちょっと書ききれないですが、大丈夫、全部覚えています。この公演のことは全部。

そして結果的に全ステージウケました。
それまではストーリー性とか空気感とかそんなのばっかり考えていましたが、「とりあえず2015年いっぱいくらいまでふざけ倒してみよう」と思ったのでした。

終わって、すぐゴジゲンの稽古に入りました。
もう何年も役者をやってなかった自分にもう一度声をかけてくれた松居さんには感謝しています。
色々な人に劇団献身を知ってもらえたし、次の劇場を押さえることができたりもしました(劇場を押さえるにはある程度ハクが必要だったりするからです。くだらないですが)

そして、ろりえ。ろりえは大変でした。でもいいです、尊敬してるので。

年が明けて、「男の壁/女の壁」。
キャスティングは相変わらず大変でした。旗揚げ公演とゴジゲンで多少は認知してもらえたものの、いかんせん、動き出しが遅く、大体の人はスケジュールが埋まっていました。
そのなかで「男の壁」は友達ばっかり、「女の壁」はWSで出会った人たちを中心になんとか集めました。

ここで、今でも一緒にやっている人たちに会えました。制作をやってもらってる安達咲里、役者の武川優子、舞台監督の水澤桃花と会えました。あと平山。これだけでも本当にやってよかったです。

このとき、実は「女の壁」で降板者が出たんです。困りました。初めての体験でした。方々あたりました。そして、金佳奈実と出会いました。それから金とは11月公演まで5回連続で一緒にやるという、本当に、運命と言うか、ラッキーだったなあ、と僕は今でも思っています。
話はそれますが、金は一旦劇団献身を離れます。また帰ってくる日を心待ちにしています。「遺言ビッチ、ロックンロール」の本番4日目に喫煙所でセリフ合わせしていて金が泣き出したとき、僕は「きめえな」と言いましたが、少しもらい泣きしそうになりました。
また帰ってきたらいつでも迎える準備があります。帰ってくるまで金以外の誰かに「だみ声役」はやらすまい、と決めてもいます。戻ってきたら最高に汚い声で暴れてほしいな、と思っています。

そして話を戻します。
自分で言うのもなんですが「女の壁」は本当に傑作だな、と今でも思っています。地方に持っていくならまずこれをやりたいなと。
スキがないです。脚本が素晴らしい。本当に、自分でこれだけ言うのはこれだけなんですが、面白いんです。クオリティが高いという点で。だからカドがなかったり、パンチ力に欠けたりはしますが、「自分にもこういうのが作れるんだなあ」と感心しました。

「男の壁」は、まあいいんです。楽しかったから。安達と平山という二人と会えましたし。

東中野RAFTというどうしようもなく狭い劇場で20ステージ。相変わらず音響オペも制作も自分でやりましたが、楽しかったです。受付や裏方ももう片方のチームの人に頼んだりして、なんか今思うとむちゃくちゃやってたなあと思います。ごめんね、ありがとう。

そして間髪入れず「悪いやつは大体トモダチ以上恋人未満」
「男の壁/女の壁」が終わってから「悪いやつ~」の初日まで40日くらいしかなくて焦りました。
相変わらずキャスティングができていません。10人くらい必要なのに6人くらいしか集まっていませんでした。
急いでメールしたり、急遽WSを開いて、今からでも出てくれそうな人を探しました。4月15日が初日なのに3月10日くらいにやっとメンバーが揃ったのを覚えています。東とか酒井さんとか永井久喜とか、本当にいなかったらどうなっていたんだろう。

僕はこの作品が一番好きです。短時間で作ったのに、全てがハマった感じがしました。これはもう、シンプルに、本当に手当たり次第集めた役者たちが奇跡的なマッチングを見せてくれたのが大きいです。
そして自分自身もすごくワクワクして作ったのを覚えています。
稽古初日の時点でプロットも何もなくて、脚本自体はものすごく遅れました。それでもみんなでエチュードやったり、自分の頭の中に渦巻いてるものを鑑みて「絶対面白くなる」と興奮していました。稽古場でも再三「これは絶対に面白い」といい続けました。役者はみんな「いいから早く脚本書けよ」という目で見ていたのを覚えています。
このときのメンバーはほぼ全員、これからも一緒にやっていくだろうな、って感覚があります。それぐらい僕のやりたいことと役者がハマったのです。なんか、奇跡でした。実際半分以上同じメンバーで次の「猿ノ献身、」に臨むことになります。
そしてもう一つ、僕が最高にワクワクしたのが、劇場とスタッフです。

これはゴジゲンのおかげなのですが、初めてちゃんとした名のある劇場を押さえました。
そしてスタッフ陣も、それまで僕がやっていたり、学生の方に頼んだりしていた部分を、もうプロとしてやっている奴らに頼んだんです。舞台監督は引き続き水澤、照明が山内、音響が角田さん、制作はゴジゲンチーフの武藤さん。

もうなんでもやっていいんだと有頂天になりました。
今までは「こういうことがやりたい。でもそのためにはどうすればいいんだろう」というところまで考えなければならなかったのに、この公演は「こういうことがやりたい!」と言えばいいのだ、あとはスタッフの皆様が全てやってくれるのだ、と興奮が止まりませんでした。
そして学びました。
スタッフは神ではない、と。

正直、やりたいこと全部はできなかったです。

僕は単純に「あ、できないんだ」と思いました。でもそれはいいのです。大体のことはできましたから。できないことをなんとかするってのを旗揚げからずっとやってきたんですから。
実は観た人にしかわからないのですが、あのふすまは自動でドアとして仕組みになるはずでした。格好いいでしょ!?自動で開くんですよ!スライドじゃなくて弧を描いて!しかし開きませんでした。劇場に入って気気づいたのです。あのふすま、意外と、重かったのです!!!
なんという、あほな、でも、「できないことをなんとかする魂」はすごかったですから、本番前日の夜に役者で手動開閉するよう段取りを付けたのを覚えています。
そして奇跡的に初日の幕が開きました。

正直もっと面白くなったとは思います。
いかんせん、時間が足りなかったし、やりたい演出全部あのチームでやるのは難しかった。役者は特に問題ないというか、最高の仕事をしてくれましたけどね。

だから後悔があるし、大きな約束があるのです。
あの作品のラスト、もっともっと花を咲かせたかった。舞台中に花が咲き乱れるラスト、きっとこれができるようになったら再演すると思います。いつか、したいね、必ず。

8月コント公演。
大好きです。
たしか「悪い奴」が終わって、アフターコント楽しいなーって思って、もうコントだけやりてえなあってなって、荷返しのときに水澤のスケジュール合わせで小屋を押さえました。
水澤以外は全員暇でした。
制作の安達がギタリストになる以外は、いつも通りふざけました。楽しかった。
これからも年に1回やりたいです。3年に2回とかでもいいです。
このときみんなで作ったテーマソング「本当はバンドやりたかった」は今でも口ずさみます。

9月公演「猿ノ献身、」そろそろ書くのが面倒になってきました。
たった今友人から「カラオケに行かないか?」と電話がかかってきたのが大きな理由です。

カラオケに行ってきました。再開します。

猿ノ献身、は個人的に「最高傑作ができた!」と思ったのですが、評判は微妙でしたね。やっぱりみんな綺麗なラストが好きなんだなあ、と思いました。
このときは主役の田中君と金ちゃんにキレまくってた覚えがあります。
金にはあんなだみ声で芝居させときながら「いい加減お前は声で芝居するのやめろ」とか理不尽に怒っていた気がします。
水澤のコネで、とあるスタジオを貸していただき、じっくり集中してスマブラの稽古できました。
おかげで大きな混乱もなく、本番を迎えられました。
スマブラの映像に関しては方々から「あれは録画じゃないのか」と驚かれるほど、とんでもないほど緻密に行われていました。
死ぬタイミングやキャラ選択画面にいくタイミングなど、何度も何度もスタジオで稽古したものです。スタジオに入ってからはむしろそれがメインでした。
ナンセンス芝居を続けてきましたが、その先の景色を見たいと思い、考え、「ナンセンスの先は不条理だ」という結論に至り、たくさん人が理不尽に死ぬ話でした。僕は納得してます。面白いと思います。もしかしたら一番面白いかもしれません。ただ、面白さと評価は必ずしも一致しないなとも思いました。

そして前回公演。冒頭に戻ってきました。

これでおしまいです。たくさんいろんなことがありました。
もちろんまだまだ書き足りないのです。書きたいこと、書かなければいけないことはたくさんあります。「俺について書いてねえじゃねえか」って人いたらごめんね。ちゃんと覚えてるし、たぶん感謝してるよ。

だけど、そろそろ次に向かいたいと思います。
次にいくために、振り返ったのです。この1年ちょっとたくさんの人の力を借りました。できることなら、このままみんなでどこまでもいきたい。だけど、そうはいかず、別れることもあり、それはとても寂しいです。別れる理由は「劇団献身のやりたいことに付いてこれないからもうやれない」ってのと「そいつのやりたいことが劇団献身ではできない」ってのの2つです。あとは人間関係とタイミング(就活とか)。意外と別れが多くて、「これはここで一旦一区切りだなあ」と思ったのです。

たぶん、劇団献身はナンセンスコメディのその先へいきます。
「ナンセンス」という言葉自体、標榜するのをやめにするかもしれません。
詳細はもうちょっとお待ちください。

余談ですが、11月公演を経て少し躁鬱のような状態になってしまいました。少しですけど。
気持ちの波が激しく、楽しいときはめちゃくちゃ楽しいんですが、その後、ものすごく死にたくなります。
だから今はとにかくその波を荒立てないように、楽しいときも楽しみすぎないように、ひっそりと静かに、暮らしています。
たぶん、そのうち落ち着きます。

生きています。
それだけでいい。誰彼かまわず、「それだけでいい」って褒めてやりたい。
そんな作品を作りたいなあ。
誰かを後押しする作品。そして、人生を肯定する作品。

できるかなあ。やってみたいなあ。
というわけで6月、楽しみにしていてください。

そのまえにゴジゲンもよろしくお願いします。
久しぶりの役者。いや、もう生きるだけです。頑張って、OFFOFFシアターで生きるのです。

まだ12月始まったばかりですが、いつだって気が向いたときがタイミングですので振り返ってみました。
さあ、少し休んで、次へ向かいます。

やばい長文になってしまいました。
ではまた。ありがとうございました。
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コメント
この記事へのコメント
長いとはいえ、そんなに、、、と思っていましたが、舐めていました。読みながら、わたし自身も劇団献身との出会いや奥村さんとの出会いを振り返っていました。
ゴジゲンがきっかけで観に行きましたが、劇団献身の作品に惚れて気付けば足を運んでいました。
いろいろと今年とは違う来年になるようですが、楽しみにしています!
2015/12/05(Sat) 16:55 | URL  | あすにゃん #-[ 編集]
Re: タイトルなし
あすにゃん、全部読んだんか!すごいな!ありがとう。

個人的に色々振り返りたくて、もうめちゃくちゃな量書いてしまいました。
あすにゃんともゴジゲンで会ってからもう1年だ。早いな!

これからもよろしく!
2015/12/05(Sat) 18:41 | URL  | shinukide #-[ 編集]
読みました。お疲れ様です!2回読みました。1回目は、眠さに耐えて読んだので。そして、振り返りました。(長くなりそうな予感)

劇団献身さんとの出会い、献身のみなさんとの出会い。
奥村さん(すいません、声かけられなかったです...)、平山さん、金さん、安達さん・・・
女の壁に、ぽんに誘われて観に行って、それでハマって、男の壁も観に行って、気づいたら、コント公演以外今年の作品全部観てました。どれも面白かったです。

演劇を好きになりました。
内心、関わってみたいなという気持ちもあるのですが、先のことを考えると、難しそうだなぁとか、キャパオーバーしそうだなぁとかっていう気持ちが大きいです。
そして、裏方をするのが好きです。

気づいたら、長くなりそうでした。
今年は、演劇な1年でした。
ありがとうございました。
来年も楽しみにしてます...!
2015/12/06(Sun) 00:16 | URL  | あお #U1o6tp32[ 編集]
Re: タイトルなし
あおさん、いつもありがとうございます。
超ロングブログ失礼しました。読んでくださってありがとうございます。
なかなかお会いできませんね笑 こちらはまだあおさんの性別さえ掴んでおりません!

演劇好きになった、ってのはなんだかすごく嬉しいです。
演劇って楽しいんです。だからみんなやってるんです。しんどいのも含めて全部楽しい。

ぜひ1度やってみたらどうですか?
全然、先のこととかではなく、1回だけでもいいと思うんです。裏方のお手伝いなら気になる劇団にメールすれば大抵どこでも関わらせてくれると思います。もちろん劇団献身も。

難しいことはありますが、簡単な仕事もたくさんあります。
チラシを折り込んだり、会場のイスを並べたり、衣装の縫い物とか、小道具作りに買出しに。他にも色々。

何かしらの形で関わって、稽古場に足を運んで一度演劇ができていく過程を見るというのは、面白いと思います。
働きながら、好きな劇団の仕事を少し手伝う、なんて人もたくさんいます。
自分に合ったやり方で関われます。
もし興味あったらいつでも連絡ください。
観るだけでもよし。1回だけ関わってみるもよし。ずうっとやってみるもよし。

近々WSをやります。
劇団献身で開催するのはオーディション形式ですが、ENBUゼミナール主宰のWSは初心者用です。たけぽんも思えば、ふらりとWSに奴が来たのが出会いでした。もし興味あれば。

色々な選択肢があると思いますが、「1番楽しそうなやつ」を選んでみてください。
僕は、たぶん、いつでも歓迎すると思います。

何かあれば相談してくださいね。
ではまた来年も面白いやつやりますので、よろしくお願いします!!
2015/12/06(Sun) 12:36 | URL  | shinukide #-[ 編集]
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