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劇団献身主宰の奥村徹也のブログ。愛想を振りまくtwitterと違い、1日平均アクセス数3の当ブログでは好きなこと、書きづらいことをたくさん書きます。右の猫がかわいい。
パチパチ
2019年08月19日 (月) | 編集 |
5時に寝て、1時に起きた。

その後、腰のリハビリに行き、近くの喫茶店で新聞を読み、今だ。

ここの喫茶店は、店主が完全に趣味でやっているため、客がほとんどいない。
最近わかったのだが、店主はこの店が入っているマンションのオーナーらしい。
店の閑散さには、度々ぞっとしていたが、それなら安心だ。潰れることはないだろう。

家から近く、店内が静かで、コーヒー一杯で何時間でも居座れて、パソコンをパチパチしていても嫌な顔一つされない。
しかもなぜか23時まで営業している。お盆も通常営業していた。

脚本なんぞを書く自分にとっては、まさに理想の喫茶店である。


腰について。

週2〜3回、リハビリのため、町の小さな整骨院に行く。
生活のリズム上、混み合う夕方以降に行く必要もないので、真昼間に行く。
そうするとやはり、院内はじいちゃんばあちゃんばかりである。

自分は腰の骨が歪んでいるらしいので、器具に座って、数十キロの負荷で体を引っ張られる。
無理やり引っ張って、骨をまっすぐにするらしい。なんだか、バカみたいだ。
おじいちゃんおばあちゃんと一緒に、骨をまっすぐにしている。
なかなかに情けないが、致し方ない。

それが終わると、今度は”パチパチ”をする。
院内の人みんな”パチパチ”と呼んでいるので、”パチパチ”としか言いようがない。たぶん電気のことなんだと思う。
パチパチする棒を腰に当てられる。

痛いところにピンポイントで当てるのが大切らしい。
だから、当ててくれる先生とのコミュニケーションが大切だ。
うまくコミュニケーションがとれず、全然痛くないところばかりやられるとものすごく損した気分になる。

「もうちょっと下、お願いします」
とか、だからハッキリ伝える。

難しいのは、そう言った場合に、「(あ、上でよかったなぁ。下、全然痛くないわ)」となった時である。

「やっぱり上だ。上が痛い。ほら、上、頼んます」などとは、なかなか言えない。

美容院に似ている。
切り終わって鏡で後頭部を見せられ「いかがですか?」と聞かれてから、「う〜ん、すません、やっぱりもちっと切ってください」とはなかなか言えない。
図々しい奴だと思われたくないのである。

そういうわけで、この”パチパチ”前は、なかなかに神経質になる。
一発で痛いところを正確に伝えなければならない。
前屈をして、今どこが痛いのかをハッキリ把握したりする。

今日はうまくいかなかった。
本当はもう少し下を”パチパチ”してほしかった。

次こそはうまくいきますように。
そんな祈りを込めつつ、パソコンをパチパチしている。

8月18日
2019年08月19日 (月) | 編集 |
朝7時に寝て、昼の2時に起きた。

今日はホームページの打ち合わせをしたり、ネットフリックスで「おっさんずラブ」を観たりした。

雲水の公演が11月にあるが、稽古が10月から始まるからそこまでには台本を仕上げておかなければならない。
9月中旬からプレ稽古があるから、それまでにはある程度脚本として形にしておかなければならない。
ということは9月上旬には、物語の流れが詳細に決まっていないといけない。
となると今こうしてブログを書いてる8月18日、日付変わって19日、この頃にはとにかくもう必死で机に向かって物語をひねり出していなければならない。

というわけで、大変だ。気持ちばかり焦って、芝居はまだまだ形にならないから、とても苦しい。そういう時期だ。

心がけるのは、とにかく「傑作を書き上げる」なんて気持ちを捨てること。
そんな気持ちでは、机には向かえない。

脚本を書くことは、可能性を削る作業だ。
何も書いてない白紙には、無限の可能性がある。ここからどんな名作だって生まれる可能性がある。
1文字書くごとに、いろいろなことが決まっていき、限定されていき、貧相になっていく。
これは辛い。作品が貧しくなって行くことに立ち会わなければならないのだ。最悪だ。
だけど、これはもう「そういうもんだ」と割り切るしかない。

白紙ではお芝居ができないからだ。
とにかく動かないといけない。書かねばならない。


年下の人と飲むことがある。
自分の周りにいる年下なんて、だいたい役者志望だ、9割以上は燻っている。
多くの人は、ぼんやりと「何者かになりたい」という野望を持っている。
だけど、野望を持って、たくさんの可能性に包まれて、満足している。

何かしたいなら、とにかく行動しなければならない。
少なくとも、酒を飲んでクダを巻いていてはダメだ。

年下ばかりだ。
年上の、そういう人は、もう周りにはいない。
30過ぎてまだ踏み出せない人は、もう演劇をやっていない。

動き出すのは怖い。
だけど、動かなければならない。
だから、そろそろブログを書くのをやめて、もう一度台本に向かい合わなければならない。

なんの結論もない。
書き出しの「俺、昼夜逆転してるぜ。アウトローだろ? へへっ」みたいな感が丸出しの書き出しも最悪だ。

だけど、ブログとはそういうもんだと思って割り切る。
最悪の書き出しでいい。
しょうもないブログでいい。
とにかく1本書くのが大切なのだ。

とにかくこの記事を書いてて全然面白くなりそうになかったので、
そういう説教臭いことを言って、なんとかそれっぽく仕上げた次第だ。

脚本を書こう。
そして、明日も覚えてたらブログを書こう。
パワフルに生きる
2019年08月18日 (日) | 編集 |
タイトルの通りです。

唐突に、パワフルに生きたくなりました。
4年くらい前に躁鬱を患って以来、なるべく感情に波風を立たせないよう生きてきました。
気持ちが上がれば上がるほど、沈み方が凄まじかったからです。

しかし、そんな生き方ももう飽きました。
今年の夏は穏やかにのんびり生きてきましたが、嫌になりました。
やはり、ヒリヒリした地獄の中で生きていたいのです。
沈んだらまたその時考えます。

バイトをやめよう!と1年前に思いました。
経済的に余裕ができた、というよりも、まずは辞めないと話にならないと思ったのです。
背水の陣で臨まなければ、ダメだ!と。

色々と仕事をさせてもらい、1年前のいつ食いっぱぐれるかわからない状況からは脱しました。
日々節約してれば、生きていけるみたいなぐらいの、、

もう、それも面白くない。
とにかく金を使っていこうと思う。
金を使って使って、借金してもいいし、
とにかく自分のためにお金を使おう。
もう一度、背水の陣を敷くのだ。
自分に投資しないことには、ヒリつく状況に身を置くこと以外には、
もう前進はない。

いっぱしの脚本家になったつもりなら、大間違いだ。
自分はまだ全くそんなポジションにいない。
それでも、今の状況に甘んじている自分もいる。

もう一度とことんまで追い込んで、
絶望的な状況になってもいいから、
自分のためにお金を使おう。

パワフルに生きてみようと思いました。
これからブログは毎日更新します。
恥ずかしいことを書いてしまうだろうから、twitterの連携はしない。
誰にも読まれないかもしれないが、今はそれでいいや。
きっと読むのもしんどい粗い文章だ。

この記事も、支離滅裂だ。
だけど思うのだ。

まだまだここからだ、と。

よし。
2019年07月29日 (月) | 編集 |


腰が痛い日々だ。

高校の頃に、部活動で発症させてしまった腰痛とは、かれこれ15年ほどの付き合いになる。

15年間、毎日共にしているのだ。
どんなに仲良い友達だって、そんなことはないだろう。
腰のことを考えずに生活したことは、1日だってなかった。

腰にとって、一番よくないのは”ぱなし”な生活をすることだ。
座りっぱなしだったり、寝っぱなしだったり、立ちっぱなしだったり、”ぱなし”は確実に腰痛を悪化させる。
”水出しっぱなし”とかはセーフだ。考えればわかるだろう、そんなこと。

生活の中で、脚本を書いたりなんだりのデスクワークが増えた。
座りっぱなしの生活にならないよう、自宅の机の上に、さらに机を置いて、即席のスタンディングデスクを作った。
足が疲れて来たら座って、一段目の机で作業する。
それでもしんどくなったら、ソファに転がって作業する。
そして、再び立ち上がる。

落ち着きのない生活。
そんな日々だ。

ふと思う。
自分は、これまでにどれほどの時間”腰痛”に思いを馳せて来ただろう。

一生のうち、3分の1は寝ているだとか、丸6年分は食事の時間だとか言うけれど。
自分は毎日10分は腰について考えていると思う。
加えて最近は1日15分ほど、腰痛対策のストレッチをしている。
さらに、時折整骨院でマッサージまで受けている。

これを合計したら、相当な月日になる気がする。
自分の人生を円グラフにしたとき”腰”という謎の勢力が幅を利かせることは想像に難くない。

今もまた、こうして腰痛について、ブログまで書いて時間を割いてしまっている。
そろそろちゃんと病院に行かねば。

30になったらマメにブログを更新する。と宣言した手前、とりあえず書いてみたところ、30代にふさわしいブログに仕上がった。

また書きます。

鈍色の30代
2019年07月17日 (水) | 編集 |
奥村です。

先日、30歳になりました。

三十路です。

いつか来るだろう、いつか来るだろう、そう思いながら、「ひょっとしたら、来ないかもしれない」、たまにはそんなことも思いながら、
それでもやっぱり時間ってやつは1秒1秒休むことなく地道に時間を積み重ねていき、
ちゃんと、妥当に、予定通り30歳を迎えました。

実感ないなぁ。

30歳って言えば10000日を超えて生きていないと訪れない節目で、
10000日っていうのは、もはや宇宙規模の話のようなスケールにも感じられ、
どうにも現実感がありません。
宇宙が誕生したのが138億年前。
地球ができてから46億年、そこから気が遠くなるような月日を積み重ねて緑生い茂り、生物が繁殖し、
何十億年後の地球に、僕が生まれ、
そして10000日を超えて生きていて、、

いやぁ、すごい。
すごいよ、これは。

なぜわざわざこんな頼まれもしてないことを書いているのか、己の心情を鑑みるに、
献身メンバーが誰も誕生日を祝ってくれなかったので、
こうやって自分の誕生日を壮大に表現して何か溜飲を下げたかった気持ちがあるのでしょう(ゴジゲンのみんなは祝ってくれました。ラインで)

だけど、よくよく考えたら自分も献身メンバーの誕生日を覚えていないので、因果応報お互い様です。


さてさて、30代。
どう生きようかな、と考えているところです。
やっぱり輝かしいものにしたいですね。

最近は、
腰痛が悪化してコルセットを着用するようになったり、
誰に何の話をしたのか覚えられなくなり、渋谷裕輝に何度も同じ話をしてしまったり、
不意に走り出したくなる衝動以上に”面倒臭い”という気持ちが勝ってしまったり、
不眠症になったり、
かと思ったら1日中寝ていたり、
”はじめてのお使い”を観て感情移入するのが親の方になったり、
太ったり、咳が止まらなかったり、不意に吐いたり、、、

あぁ、、、

輝かしいものにしたいですね。


鈍色の三十代(にびいろと読みます。わからなかった人は一つ、賢くなりましたね)。


25から演劇を始めた自分は、
周りの人に恵まれて(もちろんどうしようもない人もたくさんいた)、この1〜2年、仕事を少しは貰えるようになった。
なんとかギリギリで生活できている。

これから3年くらいは、もっと仕事をしたい。
仕事をくれた人、分けてくれた人、何のメリットもないのに献身に出てくれた人、スタッフをやってくれた人、躁鬱の自分を支えてくれた人、脚本の書き方を一から教えてくれた人、献身メンバー、ゴジゲン、HPが面白かったからという謎の理由で野良劇作家の自分を拾ってくれた今の事務所、全方面にささやかでもいい、気づかれなくてもいいから(できれば気づいてお礼を言って欲しいけど)、お返しをしたい。

だから、なんでもやろうと思う。
劇団公演もゴジゲンも商業演劇も映画もドラマも小説もコラムも、なんでもござれだ。


あと三十代はなるべくブログを更新しようと思う。


以上だ。